朗読作品

山本周五郎『五瓣の椿』

山本周五郎 →
赤い椿は復讐の印か、父へ捧げた祈りか。父を深く愛した娘・おしのの罪と懺悔を描く、山本周五郎の哀切な長編時代小説。
山本周五郎『五瓣の椿』の代表画像。赤い椿と父娘の情愛を象徴する。

THIS WORK

この作品を、どう辿りますか。

山本周五郎『五瓣の椿』の代表画像。赤い椿と父娘の情愛を象徴する。
山本周五郎『五瓣の椿』代表画像

あらすじ

天保五年の正月。本所・白河端にある老舗薬種屋「むさし屋」の寮が、夜半に炎上します。焼け跡から見つかったのは、病身の主人・喜兵衛、その妻・おその、そして一人娘のおしのと思われる三人の遺骸。人々は、むさし屋の一家が火事で命を落としたものと受け止めます。

しかし、その火事は終わりではありませんでした。やがて江戸の町では、男たちが次々と不審な死を遂げます。枕許に残されるのは、決まって一輪の赤い椿。火事で死んだはずの娘の影が、江戸の闇にゆらめき始めます。

おしのは、父を深く愛していました。喜兵衛もまた、血のつながりを超えておしのを娘として慈しみました。けれど母・おそのの過去と、自分の出生にまつわる残酷な真実を知ったとき、おしのの心は復讐へ傾いていきます。

赤い椿は復讐の印なのか。父への供養なのか。それとも、愛する心を殺してしまった娘の懺悔なのか。『五瓣の椿』は、怪事件の謎を追いながら、父娘愛、罪、孤独、そして人を裁くことの痛みを描き出す、山本周五郎の哀切な長編時代小説です。

登場人物

長編作品のため、主要人物を物語上の役割ごとに整理しています。

おしの

むさし屋の娘。父・喜兵衛を深く慕う、清楚で芯の強い女性です。母の過去と自身の出生に関わる秘密を知り、父を苦しめた者たちへの復讐を決意します。赤い椿を残す一連の事件の中心人物であり、同時に、最後まで「娘でありたい」と願う悲劇の主人公です。

青木千之助

町方に関わる探索側の人物。冷静で観察眼に優れ、焼け跡から始まる事件と、赤い椿を残す不審死のつながりを追います。おしのを単なる下手人としてだけでなく、悲しみと罪を背負った一人の人間として見つめていく役割を担います。

喜兵衛

老舗薬種屋「むさし屋」の主人。病身ながら温厚で、おしのを深く愛する父です。おしのの出生に関する苦しみを胸に秘めながらも、娘への愛情を失いません。作品全体における「本物の父の愛」を象徴する人物です。

おその

むさし屋の主婦で、おしのの母。華やかで人を惹きつける一方、内側に計算高さと奔放さを抱える女性です。彼女の過去と男たちとの関係が、喜兵衛の苦悩とおしのの復讐の根にあります。

徳次郎

むさし屋に関わる若い奉公人。真面目で誠実な性格を持ち、おしのの周辺に残された人間的な温もりを示す存在です。おしのにとって、失われたかもしれない普通の人生を感じさせる人物でもあります。

源次郎

おそのの世話をする男。精悍で情に流されやすい一面を持ち、おそのに強く執着します。むさし屋をめぐる人間関係の暗部を形づくる人物の一人です。

米沢作馬

おそのの過去に関わる男の一人。実直で誠実な印象を持つ一方、事件の背景を追ううえで重要な人物として浮かび上がります。

井田十兵衛

おそのの過去に関わる人物。貫禄と経験を備えた男であり、事件の連鎖のなかで探索対象となる一人です。

岸沢蝶太夫

芸事の世界に関わる華やかな人物。明るく人懐こい面と、浮世の軽さを併せ持ちます。おしのの復讐が、商家だけでなく江戸の芸能・遊興の世界へも及んでいくことを示します。

海野得石

医師。知識人としての顔を持ちながら、物語の闇に深く関わります。おしのの出生の秘密や事件の背景を考えるうえで重要な位置にいる人物です。

清一

香屋の主人。町人らしい実利感覚と社会的な顔を持つ人物です。青木千之助の探索や町方の追跡と関わり、事件の輪郭を広げます。

おりう・おみの・お倫

事件に関わる女性たち。おしのとは異なる位置から、江戸の町に生きる女性たちの現実、噂、情、弱さ、したたかさを映し出します。

用語集

  • 五瓣の椿:題名の中心にある赤い椿。事件の印であると同時に、父への供養、おしのの罪、散っていく心を象徴します。
  • :花びらを意味する字。「五瓣」は五枚の花びら、または五つに分かれた花の姿を連想させます。
  • むさし屋:喜兵衛が主人を務める老舗薬種屋。おしのの育った場所であり、物語の悲劇の発端となる商家です。
  • 薬種屋:薬の材料や漢方薬などを扱う商家。江戸の町人文化と医療・商業の接点にある職業です。
  • :商家が別に持つ住居や別宅。物語冒頭の火事の舞台です。
  • 町方:江戸の治安や捜査に関わる役人側の呼称。青木千之助の探索は、この町方の視点と重なります。
  • 書き置き:おしのが残す告白・遺書に近い文書。自分をただの悪人としてではなく、一人の娘として知ってほしいという願いが込められています。
  • 御定法:幕府や公儀の法。作品では、法で裁けない罪を人が裁いてよいのか、という問いが重く響きます。
  • 枕許:枕の近く。赤い椿が置かれる場所として、死と祈りの気配を強く帯びます。
  • 山本周五郎:庶民や武士の人間性を深く描いた作家。本作でも、事件の面白さ以上に、人の弱さ、愛、悔恨を描きます。

物語を巡る

— 赤い椿から『五瓣の椿』の核心へ —

物語を聴く

— 声で『五瓣の椿』を辿る —

唄本を聴く

— 主題歌で、おしのの祈りを聴く —

物語を辿る

長編の流れを、父娘愛、火事、赤い椿、探索、懺悔の順に辿ります。

むさし屋で並び、客を迎える喜兵衛とおしの。
むさし屋の父娘
江戸の街を歩く喜兵衛とおしの。
江戸の街を歩く父娘
病床の喜兵衛を看病するおしの。
父を看病するおしの
病に弱る喜兵衛をおしのが支える。
よろめく父を支える娘
枕許に赤い椿を置くおしの。
枕許の赤い椿
鏡の前で身支度を整えるおしの。
夜の身支度
闇の中で父の幻へ手を伸ばすおしの。
見えない父へ手を伸ばす
墓前で手を合わせるおしの。
墓前の祈り
幼いおしのを抱き、春の川辺を見る父。
幼い日の春
雪の上に残る赤い椿と、おしのの後ろ姿。
赤い椿が消えるまで

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