作家記事

岩手から新聞社へ――野村胡堂の出発点

岩手で文学に親しんだ少年は、やがて東京へ進み、報知新聞の記者となりました。作家になる前の胡堂をたどります。

年譜 · 野村胡堂

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野村胡堂、本名・野村長一は1882年、現在の岩手県紫波町に生まれました。少年時代から父の蔵書にあった『三国志』や『水滸伝』を読み、盛岡中学校時代には友人たちと俳句結社をつくるなど、早くから文学への関心を深めていきます。

その後、東京帝国大学法科大学へ進学しますが、父の死後に退学。1912年(明治45年)、友人の勧めで報知新聞社に入りました。新聞社では社会部長、学芸部長などを務め、30年以上にわたって新聞人として活動します。

胡堂を『銭形平次』だけから見ると、突然人気作家が現れたようにも見えます。しかし、その前には長い読書歴と新聞の現場がありました。人間の暮らしや社会を観察する仕事を積み重ねた先に、江戸の町人や岡っ引きを描く作家・野村胡堂が現れたのです。

参考:盛岡市「野村胡堂」岩手県立図書館「野村文庫」